いただきます

みなさんこんにちは、ごぼです🐻今日は雨です☔最近はとんでもない降り方をするのでさらに疎ましがられる雨ですが、家の中で聞く雨の音やその音に閉じ込められる感じは嫌いじゃありません。雨だと大抵の人がアクティヴにならない、なれない感じも根暗族の私は嫌いじゃありません。最近はちょうどいい曇りの日が好きです。明る過ぎず、暗過ぎず。暑過ぎず。以前は晴れが好きだった私ですが、人間変わるものですね。少しずつでも。

先日時間つぶしに入った本屋さんで「もうじきたべられるぼく」という絵本を手に取りました。そのなんとも言えないノスタルジックで優しいイラストとストーリーに一気に惹き込まれました。ストーリーはもうすぐ食肉にされてしまう「ぼく」という牛が最後にお母さんに会いに行くというものでした。その「ぼく」の最後の短い旅の中に彼のあこがれや希望、悲しさや空しさ、そして何より優しさがぎゅーっと詰まっていてすごく胸が締め付けられるようなシンパシーを感じました。食肉にされてしまう動物達の気持ちなんてもちろん想像だし、まして食べる側の自分がわかるわけないのにシンパシーなんておかしいけれど。私もあこがれや希望また悲しさや空しさそして優しさを少なからず抱えて生きて死んでゆくのはそのストーリーの中の「ぼく」という牛と一緒だなと思ったんです。

ストーリーの最後の牛の「ぼく」の言葉は、とても大切なことなのに多くの人がその横を素通りしているような真実でした。こんなありふれた伝え方しかできない自分の語彙力のなさがとても歯がゆいですが、あたりまえの真実にようやくはっと気づかされたような気持ちになりました。それと同時に本当に自然に涙が出ました。田舎のイオンの本屋の片隅で、絵本を読んで泣いてしまったのは初めての経験でした。

ご飯を食べる時に手を合わせて言う「いただきます」。子供の頃はご飯を準備してくれた人に向けての言葉だと思っていました。もちろんそういう意味もあるんだと思います。でもある時「命をいただきます」という意味もあるんだと何かで教えてもらってから本当に腑に落ちたというか日本の文化の奥深さに敬意を感じました。これまで生きてきてたくさんの動物や魚や野菜や果物からいただいてきた命をつないで今私は何とかこうして生きている。綺麗に残さず食べることはもちろん、自分の命を大切にすることがこれまでいただいてきた命を無駄にしないということなんだなとその絵本を読んで強く感じました。

昔親に米一粒にも神様が宿っていると言われました。先進国ではフードロス、また途上国や戦禍にある国では飢餓が問題になっています。食べるものがある幸せ、食べられる幸せ。与えられた命を取りこぼさずいただくことが私達が今日の食事から出来ることだと思います。

熱く語り過ぎて何だか今日は偉そうな文章になってしまったんじゃないかと一抹の不安はありますが😵偉そうに言いながら苦手な食べ物も多い私です。。先日母とランチに行った際に母娘共々かなり苦手としているミョウガ様が私達のプレートの隅をでんと固めておりました😭逡巡しましたが、母の分のミョウガ様も勇気を振り絞っていただきました。みなさん、褒めてください!笑

みなさんの今夜のご飯は何でしょう😊Enjoy your dinner🍽️

コメント

タイトルとURLをコピーしました